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April 14 それでは皆さん、お後がよろしいようで・・・・最近身の回りに悦楽ってないなーと思ってはじめたこのブログですが、悦楽感度?を上げる意味もこめて3年目に入りましたが・・・ぼちぼちこのあたりでおしまいにしようかと考えました。
始まりには必ず終わりがある・・・ですので、次に逢うためのさようなら(最近はまったLOSTの登場人物の言葉ー)ーということで、みなさんありがとうございました。
あらたな展開は、皆様に個別でお知らせしようと思います。
それでは皆さん・・・お後がよろしいようで・・・・ April 10 チョウシ屋でワンパクに戻る昼休み午前中の打ち合わせが銀座で終わり、そのまま社に戻ることになった。相手の方に「・・・だったら、チョウシ屋さんのサンド買ってかえったら・・・」と勧められた。
チョウシ屋は、銀座3丁目で昭和一桁からあるコロッケとカツなどの揚げ物の専門店、いつしかパンにはさんで売るようになったらしい。
昔、マガハの編集の人に教えてもらって、コロッケを買って食べたことがある。10年ぶりにその名を聞いて、がぜん食べたくなってしまった。ご覧のような肉屋とも駄菓子屋ともいえるたたずまい、まずパンを選んで、中に何を入れてもらうかを選ぶのが注文の方法。手馴れた手つきで瞬く間に作って丁寧に包んでくれる。お煎餅の缶のような容器にジャムとマーガリンが入れておいてある。パンにこれだけぬってもらうとワンパクのおやつ120円!
今日は、コッペパンにハムカツ、さらにマカロニサラダを入れてもらった。マカロニはオプション、これが大人の贅沢ってもんさ! 社に戻ってパクリ!ソースの染み込んだハムカツにマカロニサラダの酸味。コッペパンの乾いた食感。頭の中でパット閃いた。これはまさに、かつての学校給食そのもの・・・給食が苦手だった自分に、おかずを全部パンにはさんで食べると美味しいって先生が教えてくれたんだっけ! あーなつかしい、おいしい、ワンパクに戻る至福の昼休み。 April 06 時には空の下でランチを!会議がお昼前に終わると、一緒に食事でも・・・ということになる。
そんなときは、おもいきって屋台で弁当を調達して公園で食事に誘ってみる。 相手は妙な誘いに最初は怪訝そうな顔をするが、必ず公園で食べるランチの気持ちよさに喜ぶ。これを体験?すると昼間から、くらーい穴蔵のようなレストランで食べることがばかばかしくなってくる。 今日はイスラエル料理屋台のお弁当。なにしろイスラエル料理なんて食べたことがないから、どんな味かわからない。ひとつひとつの料理の感想を言い合うような会話が和む。ミートボールのように見えるのは、実はコロッケの衣だけで中身はなし、ピックルスは飛び上がるほど辛い、オリーブが8個も入っている、全部の料理に4種類のソースかけは反則・・・とか。 当初は、うちとけて今後の仕事がうまくいきそうという打算もあったりするんだけど、そういうことは空の下ではどうでもよくなる、その方が断然楽しい、気持ちいいーそれで充分。そんな気分になる。 April 01 音にひたる日いつもとちがった音、強い音圧を浴びた日は、なぜか、聴力に違和感がある。(ちょうどコンサートの跡のような)耳がとおくなっているようで、逆に敏感なような不思議な感覚。 朝から富士スピードウェイへ。先輩に連れられて出稿確認のような仕事。 夜中、家のステレオから流れるジミースミス。最近この人に凝っていて毎晩聴いている「HomeCooking」が、いつもより音がたって、染み入る感覚。実はオルガンがたっているのでなく、他の音がちょっと聴こえにくいようなことが起きているのかもしれない。いずれにしてもそのオルガンは、優しく、どこまでのせつない・・・ March 29 このブログはぶっきらぼうすぎる!と友人に言われてしまいましたので、4月の再編も近いことだし、少しソフト路線?に変更することにしました。
ぶっきらぼうがお好きな方?は、こちらのほうで・・・・http://blog.goo.ne.jp/web-mat/こっちは、、ずーと、ぶっきらぼうでいこうと思っておりますので。 最近よくいくプロダクションが芝公園にあり、そっち方面にいきなり強くなってしまいました。
そのぶっきらぼうブログ、一応名前は東京SHOOTですが、こちらに載せた写真とちょっとだけ違う写真を載せます。 ここは、昨年の4月にオープンしたパークタワー:東京プリンスホテルの裏庭公園のような場所です。東京タワーと戯れるには最高のロケーションです。
考えみると今まで東京タワーの景観を楽しめるような公園がなかったこと自体、ちょっと不思議な気すらしてきます。この公園は、東京タワーがほぼ全部まるごと見えてしまう、なんともありがたい場所です。都営地下鉄の芝公園が最寄です。パークタワーをめざしてください。
さらに東京タワーを遊びつくしたいという方は、こちらのrレストランへ・・・GARB pintino http://www.garb94.com/pintino/home.html こちらは、東京タワーの裾野から見上げる場所として最高です。東京タワーのまさに目の前にあります。
しかし、料理はあまり期待できません。まぁその分安いですし、何もかもいいことはこの世にはありません。 メローな場所からプロモーションを楽しむ、そして真下から見上げるなんともセクシーな???東京タワーの楽しみ方のご紹介でした。 March 25 サーフショップの灯海から遠く離れた三多摩の、普通の住宅街にポツリとその店はある。 普段は開いているのか否かわからない.小さな店だ。 夜に通ると、そこだけ明るく灯が入り、サーファーの女の子がお菓子を片手に談笑していたり、夜明け前には地元の高校生とボードをクルマに積み込んでいたりと、人が居ると明るく楽しそうだし、なにより店全体が客と一体化していきなり活気づくような雰囲気。 自分がかつて、入りびたっていたバイク屋などの雰囲気と重なりなつかしい。 かつてはこうした中に自分も居た。今は外に居て中を懐かしんでいる自分。 こういう体験は順番におとずれてくるもの。今の自分に中に強い未練はないし戻れない。 そんな中と外のコントラストの実感に惹かれてか、なんとなくこの店の前を通ってしまう。 ある晩、ツタヤへバイクを走らせていると、店の横の暗闇で男女が抱き合っているのがヘッドライトで浮かびあがった。。 そうそう・・・店に入り浸るっていうことはこういうこと。 ヘルメットの中で、お~お~お~と3回唸って、思わずカブのアクセルを全開にした・・・ March 20 新亜飯店・幸せ!直帰の夜夕方早めに打ち合わせが終わり、「・・・久々にいきますか?」「行きましょう」ということになり大門の新亜飯店へ。ここは小籠包の超有名店。
不覚にも小籠包を割って食べていたら、連れに怒られた。中の肉汁がこぼれてしまうからだ。やけど覚悟で一口で頬張らなくてはならない。 これは小籠包の食べ方というより掟のようなもの。 熱さに我慢しながら、「○▽□◎×▲・・・・」、連れも、「・・・□◎▲×▼・・・・」、熱い、旨い、熱い、旨い・・・・をただ繰り返しているが言葉にならない。 あまりの幸福感に・・・・もう私、今日は帰れない・・・・(会社に・・・) 世の中、小籠包ほど、やけど覚悟でも食べたくなるものがあるか? 猫に生まれなくてよかったと思う瞬間。 March 11 ケンタロウが教えてくれたこと吉野家で牛丼が復活したというので、いそいそ出かけてみる。
満席のカウンター, やけに牛丼を美味しそうに食べる人がいるなーって顔をしげしげとみたら、それは料理家のケンタロウだった。 同僚に話すと、そりゃ人違いでしょう。人気料理家が吉野家にいるわけないでしょうーと。そう言われると、あれがケンタロウだったという自信がなくなるが・・・ ケンタロウは、唯一気になっている料理家。この人は、ほんとに料理を美味しそうに食べる。その姿は素晴らしい。それだけで人を惹きつける。ものをおいしく食べる人は美しいとまで思う。 お母さんは、同じく料理家の小林カツ代さん。(そのカツ代さんは病気で露出しなくなってしまった。本屋で親子で本が並べられているのを観るとちょっと寂しい。) 「簡単でおいしくって、洒落っ気があって現実的なもの」、この単純にして明確な思想と、全く隠さないカツ代さんからの影響が、ケンタロウの魅力の全て。一般的にレシピのよしあしは、これは料理家のみならず、編集者やコーディネーターなど取り巻きの総合力だから、あまりあてにならないが、この人のレシピには力強い思想を感じる。 サンドイッチをお弁当にして渡すときに、かならず「今日はサンドイッチだよ!」って言って渡す・・・このくだりだけでも、この人の料理家としてのセンスの高さが伺えないか。 ケンタロウから教えてもらったことは、そのレシピもさることながら、ものを美味しそうに食べることの大切さだ。美味しいものを食べて美味しそうに振舞えない人は、かなり不幸だ。 写真は本の表紙の幼少のケンタロウの写真。本当に美味しそうに食べている。これこそ、母カツ代さんからの最大の恩恵かもしれない。 March 07 ほんとうにいいのか?地下鉄から地上に出ると、晴天になっていた。
銀座・不二家ビルが明るい日差しを受けて煌々と輝いている。一寸先がわからぬ状況の中、再生のシンボルとも、逆に墓標にもみれるが、その不安定さに不気味さのようなものを感じる。 危機管理が強められて影を潜めたものがある。それは、子供の時代に肌で学んだこと。人を許す、告げ口をしない、弱っているものをいじめない・・・それは、もちろん社会生活ではバランスが必要だが、人は必ずどこかに、そうした義のようなものを携えて生きていくものだと信じたい。 企業責任はさておき、不二家への世論をたきつける過剰反応は、生理的な嫌悪感がさきにつく・・・ 本当にいいのか?不二家がこの世から消えても・・・少なくと自分は困る。もう充分だから、この辺で許してやれ、いじめるなとー大人が子供に諭すようにいいたくなる。 それに自分が大変お世話になった老舗お菓子屋に敬意を表せ!とオヤジっぽい言い方もしたい。(実際オッサンだし) March 02 スタジアムジャンパー 19年アウトオブファッションだし、歳的にも似合わなくなったなーって思いながら、今年も着てしまったスタジャン。何の気なしに刺繍をみていたら、メンズバツ、(ありましたねーそんなブランドが。)88年オータムと・・・びっくり!もう既に19年着ていることになる。
当時の自分には高すぎて、半ば目をつぶって丸井のカードを店員に渡したような記憶がある。試着してみると、ちょっともうすこし歳をとらないと似合わないと感じた。今着てみて、なんか逆に若くないと似合わないように思うと、いったい旬はいつだったのーなんてどうでもいいことを考える。来年がんばれば20年と思うとちょっと嬉しい。
毎日乗っているホンダ。こちらは5年目で5000キロ。今日のオドメーター。オドメーターか5000になる瞬間、さようなら4なんて思ったりする。自分はそいう変な人。3396キロのときは、散々苦労かー 4242はいやだなーって。そして、ひそかに来るべき5555、ゴーゴーを楽しみにしたりする 気がつくと、ながーく着ていたり、使っていたりというモノとの接し方が理想。そして、その長さを。ふっと気付いて実感するときの感じも好きかも。 February 26 ケータイってかっこわるい!最近電車の中でケータイでTVを視ている人が目につきはじめた。
実は自分のケータイも、ワンセグ放送が視れて録画もできるものだが、色々な番組を持ち出して使ってみると、これは自分的にはかなりしんどい。
映画が画面がちいさすぎて目が極度に疲れるし、ドラマも入り込めない、見逃すならワンセグでも視たほうがいいかってレベル。ニュースは、実際観てみると家とは流れる時間が違うのか、テンポがのろい・・・どうにも、現在の地上波と同じ放送っていうのが無理があるようだ。いずれ専門局に期待したいが、そもそも外でTVを視ている姿がいけてない感じが拭えない。 もともと、自分はケータイに対する生活依存って低い方からかもしれない。どこかで、要らない生活にあこがれているようなところがある。 先日、先輩と、ケータイのなかった時代の話しになって、例えばクルマを路肩に止めて、ポケットの小銭を探りながら、電話ボックスに飛び込む姿は、あれはあれで、なんともかっこよかったーなんて盛り上がった。そして、ケータイを使っている人って、どこか、かっこわるいって決め付けた。歩きながら喋っている人ってバカっぽいし。ケータイはちょっと隠れて使うぐらいが粋とさらに盛り上がった。
同席の若い女性に、かっこばかりつけて、そっちの方がバカみたいって言い放されて、反論できない先輩と自分・・・ 電車の中で、ミヒマルGTのライブを視ていて、隣に座った女子高生たちに笑われる。
「タモリ倶楽部」のオープニングの下着姿の女性がお尻をふるシーンをOLに視られて、はずかしかった。 そりゃ視ている番組がわるいっていわれそうだけど、電車の中で「世界遺産」みてもなー やっぱりケータイってかっこ悪い・・・・かも。 February 23 色をきめられない人が増えている・・・・・・ケータイショップのスタッフの話し。ケータイの機種は即断するが、色を何にするかーと、ながーい時間悩む人が増えてきているということらしい。 クルマのセールスマンにもおなじようなことをきいた。時としてクルマの購入を決定に要する時間以上の時間をお客の色選びに付き合うはめになるそうだ。
他のことは決められるのに、こと色になると途端ににぶくなる人が増えている・・・これはなぜだろう。 東海道新幹線が「夢の超特急ひかり」と呼ばれていた頃、その白と青の配色は斬新だった。ひかり号が走るとその2色の帯が、まさに未来にまっすぐ伸びるように浮かびあがった美しさを今でもおぼえている。自分はこの2色を原点として、いつしか空と雲の色に重なり、いずれ青と白は分離して様々な色遍歴?をもった。色と人との係わり合いには、原点があり気付きとともに研ぎ澄まされていくのものかもしれない。 様々な色が氾濫する現代、人の色彩感覚はちょっと不安定さを増している気がする。 自分が子供頃、新幹線の色に興奮した東京駅には、識別の名のもとに様々な色が無遠慮に氾濫している。これでは色彩感覚の原点や色の美しさをここでは感じない・・・。それはきちんと色分けされているのに、なぜかわかりにくい、一見カラフルで楽しげに見えるけれど、乱暴でどこか落ち着かない。・・・ケータイの色を決められないっていう感覚はこういう気分なのかも。 ひかり号が凄まじいスピードで青と白の帯の軌跡を残して走りさっていく、きちんと大人が考えた色彩感性が子供に夢と未来をかいまみせてくれ、色の原体験を与えてくれた時代。そうした先輩たちの感性に感謝しなくてはならないかも。おかげで、自分は色彩センスはともかく、自分のが好きな色ぐらいは即断できるから! (でも、なぜかレストランでメニューはなかなか決められないけれど・・・) February 19 未熟さこそ美術館の休憩室でみた年表。活躍した芸術家の生年が帯でしめされている。
色分けされた生きた軌跡が綺麗にまとめられている様を視ていて、率直に人の一生のはかなさにちょっと心が陰にふれる。 長い椅子に座りながらこの感覚どこか似ているものがあると想いおこしているとー一それはブログのアーカイブ。自分のブログも既に3年目、ワンクリックで3年前の自分をかいまみることができる簡便さが逆にむなしい。 自分の人生は、ささやかなものであってもいい。それでも、それが観えるとするならば、堆積や積層の集大成であってほしい。そのカタチを簡単に具現化できないけれど、今日が明日の糧であってほしいと願う。こうした、思い、あがきのようなことが人生を簡便な時間の累積化に抵抗感をもつのかもしれない。 ここのところ、仕事や人関係で自分の未熟さを痛感している自分としては、これからさらに蓄積する「しろ」のようなものが自分に未だ残っていることにふっと微笑む。未熟であっていい。「しろ」の部分があっていいと思う。 February 17 「ジャケット」映画のDVDは10本観てアタリが2本というのは自分式だ。
じゃ5本に1本? ではなく、やっぱり10本観ないとめぐりあわない2本なのだ。おそらくそいう風に自分はデキテイルのだろう。
映画館でみると、もっとアタリという回数は増えるような気がする。おそらく構え方と選び方が異なるからのかもしれない。 最近のあたりのDVD映画の1本は「ジャケット」。
拘束されたいーというショルダーコピーがついている。精神病院で拘束衣を着せられて治療中に時空を超えるというはなし。 これだけ書くと、なんとも、めちゃくちゃなB級っぽい映画だが、とてもヒューマニティあるれるラブストーリーでいい作品。主演のエイドリアンブレディの繊細な演技もなかなかいい。 実は予告編やDVDのコピーを読むとオカルトチックな映画でありながら、反面とてもいい作品だったりすると実に嬉しい。ブルースウィルスの「シックスセンス」もそれにあたるかも。 February 11 すだれ越しのお誘い夕刻のどこにでもある商店街の普通の肉屋さん。 すだれ越しにみる肉屋さんのウインドウは、ほのかで柔らかい感じがした。 さりげなく、夕食は肉料理にしませんか?って優しく誘うような店がまえ。じゃー今日は鳥でも頂いて、から揚げでも・・・って普通のようで豊かな生活って感じがする。 一方、夢遊病者のようにスーパーをねり歩き、パックに入っている窒息しそうな肉でみながら献立をきめる日常がある。 どっちがいいとはいちがいには言えないけれど、利便と豊かさ、両立できたらいいのに。 ハムカツを売っていた、その場でソースをかけて買い食いしたいが、なんとか我慢する!・・・が、しばらく悔やむ・・・ ・・・いや、実は今でも悔やんでいる・・・食べたい!ハムカツ! February 07 欲を捨てるとアタル感覚秋田へ出張。新幹線だと4時間以上になる。ノートパソコンの電池は切れるし、電車を降りてからもしばらく体が揺れているのもいやだ。そこで飛行樹で移動することにした。
東京モノレールからの夕日と東京湾景、羽田空港の展望デッキからの空黄昏色の空、いずれもとても美しかった。これは時としてめぐりあえるアタリといえる刹那的な出来事。この感覚は自分にとってはとても懐かしい・・・ 20代の後半は、コンサートツアーについて全国も巡っていた。それは旅と言わず、あえて移動と呼ぶ。最初は、初めての土地はもの珍しく楽しかったが、半年を越えると不思議と何も感じなくなってしまった。空き時間に観光するわけでなく、名産物を口にするわけでなく、ただ移動、仕事の繰り返し、夜はホテルの部屋で本を読んだりして一人で過ごすことも多かった。そんな欲のない生活だからこそ、時として訪れるアタリは大きかった・・・それは今にして考えると様々なカタチの悦楽だったけれど、何か浮かれたり、テンションが上がっていると決して訪れない。 何か強く期待したり欲をもつことを否定的に捉えたことはなかったが、結果的に遠ぜけてしまうコトやモノがあると感覚的に悟ったのだった。 それが今の自分ときたら、仙台に行けば美術館、宇都宮へいけば、餃子と情けないくらいに貪欲だ。20代のあの頃の自分の方がシンプルでクールでいけていたような気がしてきた。さらに20代の自分が今の自分を観たらきっと軽蔑するとも思う。何かそう考えるとつらく?なってくるな~ February 05 裏技明治のミルクチョコレートが80年目らしい。チョコレートは、いまやスーパーパテシェまで入れて開発を進める時代らしいが、このミルクチョコレートを食べると、その進化の必要性を疑ってしまう。
このチョコレートは文句なくシンプルで美味しい、これで充分という気がする。 写真は、お土産に頂いたSMAPのコンサートでしか買えない限定版のミルクチョコレート。SMAPが好きじゃなくても嬉しい、お土産としては気が利いている。本当に歴史があり自信のあるブランドはこういうことをしても全然いいのだ。 とある里山のハイキングコースで、連れの外人がパンにこのミルクチョコをはさんで食べていた。ここは外人らしくチーズとか挟んでほしいと思うのは勝手な思いで、よくよく考えるとアメリカ人はピーナッツバターを挟んで昼食にしたりするらしいから、チョコぐらい挟んでもバリエーションのうちなのかもしれない。ちょっとひいてみていたら、食べてみろと勧められた。見るからに溶けているようなべたべたのチョコを挟んだパンは貧相だったが、すすめられるままに試してみると・・・・それはすこぶる旨かった。知る限り宇宙一のチョコレートパンだった。
彼はこうした食の裏技を色々教えてくれて、どれもヒットだった。
●コーラーに珈琲ミルク ●シーフードカップヌードルを牛乳でつくる お試しください! January 27 餃子の街・宇都宮へいく宇都宮へ出張、重いと予測していた打ち合わせが意外にすんなり終わった。
東京に戻る前にせっかくだからーということで苦労したチームの仲間で餃子を食べる。 こういうひと時が何より和む。 一番人気店は長蛇の列、そこで普通の店に入ってみる。
グルメ系の人気店に入ると美味しく感じないと、自分はいけてないような感覚に捉われてしまうことはないか。これでは裸の王様のようで情けない。むしろ野生のカン?で店に入った方が素直の味を楽しめるような気がする。(評判や情報に捉われすぎると、健康番組に裏切られたーとTV局に文句を言うような人になってしまう・・・) どういう経緯で、ここが餃子の街になったかは知らないが、宇都宮の餃子は確かに美味しかった。肉汁のしたたり感と、焼き餃子の濃厚な香ばしさが絶妙。元々はサイドメニュー的な扱いだった餃子を真ん中にもってきて、それが集まって競っているわけだから、レベルが高いのかもしれない。 新幹線のホームから塔の上の家族像、まっすぐ伸びる大通りの向こうにかすかに見える山々。 新幹線は駅の周辺の景観をどこも同じにしてしまって好きではなかったが、最近はなぜかこうした風景に心が動いたりする。 January 13 ティファニーの温度計・・・というのは嘘で、この色が気に入って購入したノーブランドの寒暖計。
Bさんのブログを拝見していたら、温度計の話題が紹介されていた。飲むものの温度に気を使うという内容。丁寧に生活されている様子はうかがえて、とても興味深かった。 自分はもっと雑だが朝、外出前にこの寒暖計をちらりと見て、着るものを決めたりする。
そういうことを続けていると、自然と温度感覚が身についてくる。 たとえば体感温度というのは、体調と影響があると知る。温度感覚で自分の身体で寒さに弱い部分がわかったりする。7度を切るとノドに変調をきたすことが多いということもしった。 いまや室温管理が行き届き、どこも無遠慮に暖かったりする、着るものの防寒性能が上り、極端に凍えたりすることがなくなってきた。しかし温度というものは、とても重要で、それを意識することの大切さをこの小さな寒暖計から教えてもらっている。
一緒に写っているスパイダーマンは、道路にはいつくばっていた。普段は拾いものはしないけど、はいつくばったまま、クルマに轢かれたらあまりに気の毒だと思って拾ってきた。寒暖計にくっつけて、はやく気温が上がれというおまじない。 January 07 10年若かったら・・・鎌倉の古寺の境内にある樹木。由緒らしきものはないただの樹木のようだが、存在感はかなりのもの、ご覧の通り女性の下半部のようでなまめかしい。
植物には詳しくないのでこれが自然なものか、それとも着色されたものなのかわからないけど、往来の人の反応は似かよっていて、女性は一様に不気味がり、男は情けない微妙な顔つき?に。 自分がもし10年若かったら、手じかの松の葉かなんかを拾って、うまく貼り付けて完成?させたに違いないーなんてどうでもいいことをおもった。 |
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